【ミセス沼から抜け出せない…】持続可能な推し活のために意識しておきたいこと

JAM'Sを極める

Mrs.GREEN APPLEは幅広い層に支持されている。
学生さん、社会人、専業主婦…。
アルバイト出来ない学生さん、奨学金返してる途中の社会人、自由なお金を持てない主婦。
家庭の事情でライブに行けなかったり、FCに入会できなかったり、CDも買えない方だっている。
いろんな事情があるよね。

新規古参もそうだけれど、JAM’Sに優劣なんてない。

大事なのは、これからもずっと自分が「ミセスが好き」という気持ちを持ち続けること。
ミセスが活動してくれている限り、ミセスをこれからも見守っていきたい。
だからこそ、考えなくちゃいけないこと。
「大切」はなんだろう
「本質の果て」までは行けずとも、ちょっと一旦考えてみたい。

「ミセスが好き」な時点で【JAM’S】です

bubbleしません。
ライブ行きません。
グッズ買いません。
FC入りません。

「それでもJAM’Sと名乗っていいでしょうか?」
たまに見かけるこんなポスト。

大声で叫びたい。

もちろん、いいに決まってます!!!!

ミセスが好きって気持ちが芽生えた時点で、もうJAM’Sです。
ミセスご本人もそう言っています。

不安になっちゃう気持ちもわかる。
だってSNSでは、みんなグッズの写真あげたり、ライブ会場でキャッキャしてる写真あげたりしてるもんね。
もちろん、それはとても微笑ましいし、ミセスにとっても、素敵な宣伝にもなるし、とても有難いこと。
もっともっと盛り上げてほしい。

でも一方で、そうしたいけどできないJAM’Sだっている。
羨ましくなっちゃったり、悲しくなっちゃったり。
疎外感とか虚しさが生まれるのは当然の感情だと思う。
その気持ちを否定しないでいいんだよ。と言いたい。

たしかに、その気持ちが抑えきれなくなって他の方に当たるのはいけないよ。
でも、妬ましいと思った自分を否定する必要なんてないよ。
人間だから。みんな持つ感情だよ。
誰だっていつどんな状況で逆の立場になるかなんてわからない。

いいなー羨ましいな。
いつかライブ行きたいな♪
お金溜まったらDVD買おう!
自分の負の感情をしっかり受け止めてあげてから、明日へのエネルギーに換えていけるのが理想だけど、なかなか難しいよね。

気持ちの切り替えが難しい時こそ、ミセスの音楽に浸る。
逆にミセスの音楽を聴けなくなっちゃう方は、他の方には見えない形で分かり合える仲間ととことん気持ちを共有する。
自分なりの発散方法を見つけられたら、これからの人生にも大いに役に立つはず。
少しずつでも模索して、見つけられたらいいね。
難しいけど。

「好き」の気持ちも人それぞれ。時それぞれ。

音楽だけ聴いていれば幸せというJAM’Sも居れば、写真眺めてるのが幸せというJAM’Sもいる。
「好き」は人それぞれでいい。

たくさんライブ行ってるから「好き」が大きいわけじゃない。
グッズコンプリートしてるから「好き」が大きいわけじゃない。
その人の気持ちは他人からは測れないものだよ。

グッズは要らないけど、ライブは行きたい!
そう。ミセス沼に入りたての私。
でも、最近はついグッズまで手を出しちゃうし、雑誌も立ち読みせずに予約して確実に購入してしまうし。
なんだかどんどん制御が利かなくなってる気がする…。
それがいいわけじゃない。
私の場合は、ちょっと落ち着け~って感じだけれども。

例えば、以前より気持ちがついていかないってJAM’Sだっていると思う。
沢山供給されて処理しきれないことに疲れてしまったり、間口を広げてくれているおかげで違和感を覚えるJAM’Sもいるかもしれない。
でも、その気持ちも否定しないで大丈夫だよ。
人の気持ちは強くなったり弱くなったりするもの。
「好き」が急に「嫌い」になるわけではなくて、「好き」が「そうでもないかも」になってもいいし、
それからまた「好き」になってもいい。
お休み期間作っていい。

ただ「推し活」に疲れてしまって「好き」を完全に手離すのは勿体ないなと思う。
「好き」なのは、推し活している自分なのか、それとも推し自体なのか。
疲れるならSNSお休みしていい。
他のJAM’Sと関わらなくてもいい。
自分の気持ちがあるのなら「好き」を手離さないでほしいなって思う。

(推しという言葉に賛否あるのは知っている。でも敢えてその言葉を用います。)

「好き」と現実とのバランス

ミセスとの距離、取れてますか?

JAM’Sの皆様、重々ご存じの通り、Mrs.GREEN APPLEの魅力は半端ねぇです。
一度踏み入れたら底なし沼。
あれよあれよと溺れて、もはや溺れていることにすら気づかずに、
24時間365日ミセスのことを考えているのが日常になっていますでしょ?

個人差はあるにせよ、「好き」ってそういう感情ですよね。
所謂リアコと呼ばれるようなものではなくても、恋と似た感情であることは間違いない。
他に推しが居なければ尚更ね。

「好き」って気持ちに抑えなんて効かないよ。
強く惹かれるんだから、どうしたって全部欲しくなるよね。

とはいえ、全力で欲望のままに推し活してたら現実世界が破綻する。

いくら推しが精神的な支え、生き甲斐だとはいえ、生きる為には衣食住学びは必要だし、
それに家族との関係、自分の未来…。
大事なものは沢山あって、それに優劣なんてつけられない。
どれもこれも大事なものだから。

それでもどこかで我慢して制御してバランスとっていかなくてはならない。
それが現実。

さて、じゃぁ何を基準にそのバランスを取っていくのか。
それはもう自分の価値観でしかない。

どうしても、推し事となると盲目になってしまうから、一旦落ち着いて深呼吸。
まずは客観的な視点で自分の置かれている状況を把握する必要がある。

「限りある数字」を意識する

人には人の乳酸菌。
…じゃなくて、人には人の「限りある数字」がある。

自由に使えるお金。
自由に使える時間。

推し活に全財産注ぎ込める人はいない。
お小遣いからだったり。
お給料からだったり。

推し活に全時間費やせる人はいない。
勉強。
仕事。
家事育児。
介護。

そしてももう一つの「限りある数字」。
それは寿命。

若いから長生き?
年配だから老い先短い?
そんなことは誰にもわからない。
いつ死ぬかなんて誰にも分らない。
いつ病気やケガで自由に動けなくなるかも分からない。

だからこそ、あるかわからない未来だけじゃなくて、今も大事にしたい。

世の中には今しか出来ないことと、後からでも出来ることがある。
今しか出来ないことは今を逃すと一生できないかもしれない。
そうなった時に、自分がどのくらい後悔するのか。

今それをする時間とお金は、自分の未来にプラスになるのかマイナスになるのか。
時間は取り戻せない。
でもお金は取り戻せる。

消費者金融などは絶対におすすめしない。
なにがなんでもしないでほしい。
それはただ未来にマイナスでしかないから。

でも、ご家族とよく相談した上で、親御さんに借りたり、家計から負担したり、お金は多少は融通が利くかなと思う。
もちろん返す見通しのないものはいけないよ。
でも今しか出来ない経験って、もうどんなに望んでもこの先無いかもしれないから。
先々の未来の自分が「あの時やっといてよかった」って言えると思ったならやっておきたいな。
いつ「終わり」が来るかもわからないのが人生だから。

心地よく推し活を続けるために

先述したように、ミセスは底なし沼なので大量の情報供給にあれもこれもと全部食いついてしまう。
今はそれで幸せなのだけれども、このままだと息切れしてしまわないかな?

今ミセスが「好き」ってことは、今だけ「好き」ではなくて、これからも「好き」だと思うし、そうでありたい。
持続可能な世界SDGs…
持続可能な推し活をするために、今一度よく考えたい。

今だけ満たされるものなのか、後から振り返っても満たされているものなのか。
その基準は人による。

今必死で消費してるコカ・コーラ。
グッズ当てたい!ライブ当てたい!
当たったら嬉しいね。でも飲みすぎないでくださいませね。
飲みすぎて病気になったら、これから先のライブにも行きにくくなるかもしれない。

深夜のインスタライブ気にしすぎて眠りが浅い。
寝不足の積み重ねも身体に影響するからね。(まさに私。。)

すべてはミセスが魅力的過ぎるせいなんだけれども!!!
でも、やっぱりこれからも「好き」を続けていきたい。
健康な体で会いに行きたい。

「大切」はなんだろう

ミセス沼。
そりゃずっと浸かっていたいよ。
ここだけずっと見てれば極楽浄土だよ。

でも私が好きなミセスはこれまでナニヲ歌ってきたの?
ナニヲ教えてくれているの?

皮肉なことに、彼らの音楽に惹かれ、彼らの言葉に救われると同時に、
彼らのことを好きになりすぎて、彼らが伝えてることと反する方向へ歩んでしまってる自覚もある。

今一度「大切」はなんだろう。を考えたい。

彼らは生きにくい現実を何とか生きやすくするために音楽で寄り添ってくれている。
一度きりの人生を自分らしく生きてほしいって思ってる。
どんな道を選ぶのか自分で舵を取れ、と。

流されていないかな。
自分だけの軸、ブレていないかな。
疎かにしてはいけないこと疎かにしていないかな。

ここまでミセスからの供給が多いと溺れちゃうし、着いていくことに必死になってしまう。
でも、ここまで立て続けにミセスから供給される意図って、もしかしたら別にあるのでは?

この情報化社会、すべての情報を受け取って処理するのは不可能。
しっかり自分軸を持って、取捨選択して生きて行ける術を身に付けようとさせてるんじゃないだろうか。
JAM’Sがこれからもこの世界で生きていく上で必要なスキル。
ちょっと鬼畜なやり方だけど、試されているのではないだろうか。
なーんてね、流石にちょっとミセスを買い被りすぎだろうか。

持続可能な推し活のため、定期的に我が身を振り返りたいなって思って今回はこんな記事を書きました。
完全に自戒を込めて。
きっとすぐまた忘れて、キャーキャーするから。
なんたって魅力が過ぎる方たちだから…ほんと困っちゃうなぁ、もう。

コメント

  1. おもち より:

    しっぽさん、

    初めまして!突然ごめんなさい。

    こんなに、ブログを読んで「コメントをしたい!」と思ったのが初めてです。

    『彼らは生きにくい現実を何とか生きやすくするために音楽で寄り添ってくれている。
    一度きりの人生を自分らしく生きてほしいって思ってる。
    どんな道を選ぶのか自分で舵を取れ、と。』

    という文章がとっても心に響きました。

    私は、高校3年生の時に目標ができ、それまで好きだったミセスさんの音楽を聴くことをやめると自分で決めていました。大学を卒業する年になり悩んでしまうことが多くなった時に、ふとダンスホールを聴きました。初めてダンスホールをきいて、涙が出るほど勇気をもらいました。音楽は私の人生を代わりに生きてくれることはできないけれど、自分で舵を握ろう?と何度でも促してくれる私に必要な存在なんだなと気づきました。それからは、今まで聴くことができていなかったミセスさんの曲を一日一曲お風呂の後にじっくり聴くことを始めました!時間はかかってしまったけれど、自分なりのペースや形で、ミセスさんを応援することができ始めたのかな、と思っています〜!

    素敵な文章と考えをシェアしてくださりありがとうございます!
    応援も、暮らしも、楽しむ力をしっぽさんにもらいました〜!!🍏
    これからもブログを楽しみにしています!

    • しっぽ しっぽ より:

      おもちさま。
      コメントありがとうございます。
      「一日一曲お風呂の後にじっくり聴く。」
      なんて素敵な時間!!!!
      お話を聞いただけでうるうるしてきてしまいました。

      このお話を聞く限り、おもちさんはしっかりと自分を律して、自分の人生を歩んでいるんだなぁと見受けられました。
      なかなか出来ることじゃないんですよ。
      私も、頭ではわかっていても逃げてしまうことたくさんあります。

      一日一曲のその時間に聴くミセスの楽曲がおもちさんの生活に彩りを与えているんですね。
      きっとミセスが望んでいる根本的なものって本当にそういうことなんだと思います。
      誰かの生活の一部に。
      きっとこの話を聞いたらメンバーも喜ぶと思いますよ。

      素敵なお話を聞かせてくれてありがとうございました。
      とても心が洗われました。
      またお話聞かせてくださいね。

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